寄り道日記
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母の日に捧ぐ
昨夜、母方の祖母の通夜でした。
今日、祖母の葬儀と初七日でした。

本来なら、長男である母の兄夫婦が取り仕切る葬儀ですが、
複雑な事情を抱えており、母が喪主を務めました。

滞りなく、無事に済みました。

父方の祖父母と母方の祖母、3人を自宅の畳の上で静かに送り出した母を
本当に尊敬します。

私の父は、次男です。長男夫婦は祖父母の面倒を母にまかせっきりでした。
本来なら同居しなくてもよかった父方の祖父母と同居し、二人を最期まで看病し、見送った母。

一方、母方の祖父母は元気なうちはよかったのですが、
祖父が先に他界してから、祖母への風当たりがきつくなり、
孫の私でさえもが、祖母の命を心配するほどひどい扱いを受けていました。

それでも自分の母親を、嫁に出た自分が引き取ることに難色を示し続けていた母に
「もうこの家には俺の親はいないのだから、つれてきなさい。」
と言った父。自分の親への献身的な母に、本当に感謝しているのだなと思いました。

それから3年。
引き取ると簡単に言いますが、いざ同居すると、いろいろなことがあります。
私も間近でずーっと見てきているので、これがどれだけ困難なことであるか、
想像するしかできない人たちよりは、より確かな現実として事実を知っています。

通夜が終わり、葬儀まで一晩、父と母が祖母の遺体と一晩を過ごしました。
私は一人で家に帰り、葬儀の前に行くことにしました。

しーんと静まり返った、ひと気のない家で、いろんなことを思いました。


私が長期の北海道旅行から帰ってくるのを、祖母は待っていてくれたかのような
タイミングで、他界しました。
滅多に自分の部屋から出てこない祖母が、5月6日の夜、部屋から出てきて
キッチンへ向かう私とばったり出くわしました。
そのとき、祖母は母に向かって「今、偶然出くわしたのや。」と説明し、
私に向かって「よお来なさったな。どうぞおあがりやす。」と
自分の部屋へ案内するような言葉としぐさをしました。
そのときの表情が、忘れられません。

認知症の人独特の、なんとも形容しがたい陰気な不気味な目つきと表情。
それがここ数年の祖母の顔でした。
でもその夜は、本当に穏やかで、にこやかで、優しい顔をしていたのです。

すぐに母が、「何を言うてるんや!ここはアンタの家と違う、この子の家や!」
と言い、祖母を部屋へ追いやりました。
自分の親が、子供のことも何もかもわからなくなっている姿に、情けなさや寂しさや、
いろんな感情を抱えながら面倒をみてきたのです。
できるだけ、夫と娘には自分の親のことで苦労をかけまいと、必死だったのでしょう。
極力顔を合わせなくて済むように配慮していました。
だから、この夜のことも、いつものことだったのです。

その後、私は21時には就寝しました。疲れていました。

21時過ぎに、リビングでテレビを見ていた父母のところへ祖母がやってきて、
「あんたらまだ寝ないのか?」
と訪ねに来たそうです。
「私らはまだ起きてるから、先に休んでいいよ。」
と母が言うと、「そうですか、そしたら先に休ませてもらいます。」
と、このときも穏やかな優しい表情で挨拶をして、寝たそうです。

その翌朝、7時半ごろに母が起こしに行ったら、亡くなっていました。

みんなに挨拶をしてから、この世を去ったのでした。

家に引き取ってから、母はできるだけのことを精一杯、やってきたと思います。
でも、「こんなに早く逝くならもうちょっと優しくしてあげれば・・・」
そんな言葉を漏らしていました。

通夜が終わり、夜、父と母は、祖母の傍にいます。
母は、祖母と最期の会話を、じゅうぶんにできたかなあ?

そう思ったら、祖母が亡くなった悲しみではなく、母の気持ちを想像して、
涙が止まらなくなりました。
たった一人の家で、私は誰に遠慮することもなく、大声をあげて号泣していました。
何の涙だったのか、よくわかりません。
でも、人生であんなに激しく泣いたことは今までにないくらい、泣いていました。

泣いて、スッキリしたのか、葬儀では私は涙は出ませんでした。
離れて暮らしていた私の妹が、祖母の最期の顔を見て涙をこぼしていました。

火葬場で、本当の最期のお別れをしたときも、安らかな祖母の顔を見ていると
心が落ち着き、じゅうぶんに最期のお別れをできたと思います。
ちゃんと挨拶をしてから旅立ってくれた祖母に、現世に残された私はただ感謝していました。

16連休という長期の休暇をいただいて、明日からは私も仕事があります。
この3日間、慌ただしくてたぶんとても疲れているのだけれど、
何か今の気持ちを残さないでは、眠れないなあと思って、こんなことを書いてみました。

誰かに何かを伝えたいから書いてるのではありません。
私は、私が泣いたことを、ここに記録しておきたかったのです。

今日は母の日。
母の日に、自分の母を送り出した母は最高の親孝行をできたのか、
母の日に、母を送り出せるようにこの日に亡くなった祖母がすごいのか。

私は妹と二人で、「今日は母の日だったんだね」と話していました。
結局、母には何もできませんでした。
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コメント
最後の時
お母さんは偉いね!
[2010/05/09 23:49] URL | 伝説のコンビニ次長 #- [ 編集 ]


母の日にお母さんの気持ちを感じて、あなたが泣いたことに意味があるよ。
わたしたちが母になるかはわかりませんが、そんな女性になりたいですね。
[2010/05/10 00:30] URL | カヲル #- [ 編集 ]

ありがとう
>伝説のコンビニ次長

ほんとに母は、偉大だよ!
お父さんもね。


>カヲルちゃん

感情に任せてこんなのみんなに公開してしまって、
気恥ずかしい気持ちもあったんだけど、
ブログに向かって吐き出して、よかったんだと思える言葉をありがとう。
[2010/05/10 23:49] URL | かなえ #- [ 編集 ]


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